月夜見

    “如月更夜”

           *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

武士といえば、潔いとか正義感を忘れぬだとか、
誇りを大事にし、折り目正しく義に厚いとか。
仕える主人への忠義は絶対、
上は上で、下の者への模範たる品格を保ち、
(くに)の誉れと謳われるような、
賢くも慈愛に満ちた城主であれと。
主上である将軍様から任された、ご拝領の土地の管理主に相応しく、
それはそれは素晴らしい、聖人君子たれとばかり祭り上げられ。
よって、侍以下の身分の者からも、
ただ 人斬り包丁が怖いからだけじゃあなく、
そんな人性を前提にした上で、
“だから 敬え”とされている…はず、なのだけれど。

 “そうそう、大昔の偉大だった武将みたいにはいかんわなぁ。”

短く刈った髪だから尚のこと、
あらわになってる頬や耳朶。
年中同じいで立ちなのでの、手元に足元。
ずんと多めに外気へさらした格好の、
素肌へ触れるわ、
真冬の深夜というこれ以上はない冷たい夜気で。
冷ややかに貼りついたそこここから、
体の奥へまで突き通らんとする、
薄氷のような容赦のない冷たさを、

  ひゅっ、と。

あっさり引き裂く疾風一閃。
風を切って宙へと 鋭き銀線描くは、
よくよく練られた刃の切っ先。
それが、何へ当たったか、

  かつっ、と。

堅い音を響かせて、
振るった主の手元へと、元の姿を舞い戻させる。
途轍もない素早い仕儀に、巧みに添うた太刀筋の確かさが、
ただの一人の手から出た一閃だったというに、
どんと、対手の群れなす太刀を
凄まじいまでの圧にて一気に押し返し。
直接斬った数人のうしろ、後背へ控えていた連中までも、
圧倒的な覇力によって、
その身を浮かさせの吹き飛ばしており。

 「うわ…っ!」
 「ひいぃ…っ!」
 「な、何なんだ、この坊主っ!」

数に任せて一斉に四方から、
押し潰すつもりで飛び掛かった筈が…この爲體
(ていたらく)
ぼろ布だか外套のとんびだか、
もはや原型さえない布切れを、墨染の衣の上へと巻いただけ。
足元も素足の上へ直に わらじ履きという粗末な身なり。
食い詰め浪人の成れの果て、
余計なところに居合わせた、
運の悪い乞食もどきと思うていたれば、
さにあらん。

 「どうした? もう終しめぇか?」

錫杖に仕込んだ大太刀を、武家より自在に振るう、
この威風堂々とした太刀さばきはどうだろか。
ただの流しの雲水、ぼろんじではあるまいと、
今更ながらに不審を叫ぶ賊どもだ。
寒さや風よけだけでなく、覆面も兼ねての段取りか、
擦り切れた手ぬぐい巻いた喉元へ顎先埋めて、
顔を半分ほど隠していた面々が、
みっともなくの吹き飛ばされて。
細い夜空の見下ろす真下、
尻餅ついてる、場末の路地裏だったりし。
そやつらもまた、
武家でもなければ浪人風でもありはしない。
多少は厚手の袷
(あわせ)の着流しに、
安手の角帯という質素な格好の男らだったが、

 「ただのチンピラにしちゃあ、匕首の持ち方がお行儀よすぎだ。」

道場での習慣が出てしまうのか、
ついつい両手でと構えそうになるところといい。
どういう集まりの皆さんであるものか、
某藩の別邸な筈の武家屋敷の大門の、
耳門
(くぐり)を堂々と開けてぞろぞろと出て来たこといい。

 「○○藩といや、次男坊が随分と金遣いの荒いお人だそうだよな。」
 「………っ。」

  新たな銀鉱が見つかったとの報告を、
  お殿様や家老筋からも、なかなかして来ぬ不審をお抱え。
  誰から訊いたか、
  既に御存知の勘定方やらお上にして見りゃあ、
  その貴鉱脈で暖まった懐ろ具合を良しとして、
  軍艦の一隻も作り上げようという腹なんじゃあないかなんて、
  案じておいでのようだったがな。

 「何のこたぁない。
  大殿様が江戸へ参勤交代にてのご出仕中なのいいことに、
  遊び好きの次男が勝手に使い込みをしているって話だ。
  だがだが、今更“ありません”では通らぬ状況。
  そこで、この藩にしかない、いやさ此処でしか手に入らない、
  千年桜の蜜を献上してのお目こぼしを狙った。」

うっと、言葉に詰まった面々の中、
一番奥向きに庇われていた小柄な男が手元をささっと隠して見せる。
錦の頭巾をかぶって顔を隠すほど、
一人だけ武家とありあり判る装束をしていて、
どうやら次男本人か、あるいはその側近と見受けられ。
言い当てられたが癪だったのか、

 「…な、何をしておるっ。
  そのような胡散臭い坊主なぞ、斬って捨ていっ!」

口先だけは勇ましかったが、戦利品の壷を抱え込んだまま、
手も出さねば踏み出しても来ぬところが、

 “いい気なもんだ。”

左右の幅に制限のある路地のただ中。
どうせ町人のチンピラに身をやつしていて、
本来の得物、
大太刀は提げて来なかった面々ではあったものの。

 「でぇあっ!」
 「こんの野郎っ!」

ご立派な匕首を思い切り振り回すものだから、
坊様がひょいと避けたその後の、
背後にあった板塀へ、
深々食い込ませる不細工な仕儀も多発しており。

 「悪いこた言わねぇ。その蜜は返しな。」

そもそも、それは、
千年桜を管理している当番の甘味屋が、
毎年毎年 藩主ネフェルタリ・コブラ様へと献上している代物で。
殿と姫様が、今年の桜を愛でながら、
昨年の蜜をショウガ湯に落としたりして楽しまれたり、
それのみならずの今時、冬場にも、
お風邪を召した御家中の誰へでも、
お見舞いとしての下げ渡しがあるというご褒美のお宝。
勝手に賄賂になぞと持ってかれては、
こっちが困ろうというもんだし。

 「あわよくば、コネを作ろうなんてな魂胆も見え見えだ。」
 「…く。」

最後のおまけに歯咬みした武家頭巾の主犯格。
くうと唸っての目元を思い切り眇めると、
それでもじりりと後ずさりを仕掛かったところへ、


  「…………ムのぉ、ロケットぉっ!!!」(さあ、皆さんご一緒に♪)


口許からの吐息を白く曇らせ、
ついと空を仰げば、丁度 三日月が昇ったところ。
そのお月様から
飛び降りて来たかのようにの彼方から。
漆黒の溜まりを蹴散らかす流星のごとくに、
一直線に飛んで来たのが、

  「おお、親分さんじゃねぇかい。」
  「おおっす、坊様っ!」

声こそ掛けたが、
赤い彗星ならぬ真っ赤な綿入れまとった 小さな親分さんが、
突然乱入して来ての、飛び込んだ先はといえば。
緑の髪した坊様の頼もしい胸板へではなくの、
わざとらしい町人風の拵えで装った、賊の一団十数人のど真ん中。
そこへと庇われていた、頭巾をかぶった武家風の主犯へと、
選りにも選ってゴツンとぶつかって止まった辺り、

  ―― 運がいいのか悪いのか

大人の拳が二つほど、すっぽり入りそうな位という大きさの、
濃い茶の壷を小わきに抱えたそのまんま。
どうやら頭を打ったらしい相手が倒れかかったの、

 「わっわっ。おいおい、何か零れてるぞっ。」

落としかかった壷の方を受け止めてやり、
ばったり倒れた若殿は放ったらかしなのもお約束。

 「わ、若っ!」
 「お気を確かにっ!」

駆け寄る面々に引っ張り上げられた、
頭巾のお武家をいっそ御神輿のよにして。
ともかくこの場から離れんとしかかった一団だったが、

 「御用だっ!」
 「神妙にお縄につけぃっ!」

ルフィがすっ飛んで行ったの追って来た、
下っ引きのウソップ以下、警邏の一団がどやどやどやと駆けつけて。
路地の前後を挟まれてしまい、
謎の一団はあっさりと、取っ捕まってしまったのでございます。
そして、

 「あれ? 親分、どこ行ったんだ?」

急な寄せ集めの捕り方連中、
明かりの龕灯も揃わずで、微妙に光量の足りぬ中、
いたはずの親分さんが見えぬのへ、
お鼻の長い下っ引きさんがキョロキョロと見回す暗がりの一角。


  ―― さくら蜜の壷、返して来るぞ


そんな書き置きの張り紙があったこと、
果たして何時 見つけられるやら……。



       ◇◇


昼間の空の青さの色合いや高さ、透明度が、
四季折々によって、微妙に異なるように。
同じ更夜の夜陰を満たす漆黒も、
季節によって肌合いが随分と異なること、御存知だろうか。
夏場はむんとした湿気の籠もった淡い藍色の帳
(とばり)が下り、
秋には昼間日中の暑気を払うよな、
さらさら涼しやかな風を満たした夜陰が、天穹に月を冴えさせる。
春の宵は、日長に ぬるうなったと油断させつつ、
思わぬほど爪先が冷えきってることもある悪戯者で。
それでも恋しい、桜花の供連れ。
ただただ厳然と深々黒く、
その深さと同じだけきんと尖って痛いほど、
鋭く冴えたる真冬の夜気の、
酷なほどもの つれなさに比すれば。

 “人好きされの、待望される春のほうが、
  何につけてもマシだよな。”

甘い茜の滲み出した暁空見上げ、
そんなこんなと思いつつ。
そのまま傍らへひょいと視線を移せば…。

 「……

細っこい腕に抱え込んだ小さな壷を、
じっと楽しいそうに眺める幼きお顔。

 「…何だったら、ご褒美を前倒しで貰っちまうかい?」

少しほどなら舐めてもいんじゃね?と、
遠回しに示唆したお坊様だったが、
ハッとしてお顔を上げると、
ぶんぶんぶんと強情にかぶりを振るルフィ親分。

 「そんなことしたら、
  献上先の殿様からお叱り受けちまうんだろ?」

それでなくとも希少な蜜だ。
ほんの ひと掬いでもごっそりと目減りする。
そうなったら、納める側のお店はひどく困るに違いない。
大人の分別というよりも、
幼い子供が大人の真似をしているような気色が強かったものの、
その後、こくりと喉を鳴らす正直さが何とも可笑しい。

 「判ったよ。」

そんな覚悟なら、
ちゃんと買ってやるのが大人の義務だろうよなと。
くすすと微笑ったお坊様、
懐ろに手を入れ、油紙にくるんだ小さな包みを手早くほどくと、
その中にあった桃色のあめ玉をほいと、
隣りを歩む親分さんの、まずは鼻の頭にちょんと当て、
何だ何だと顔を上げたところへお口へポイ。

 「あ………桃の飴だvv」
 「おうさ。よく判ったな。」

何でも揃うご城下ではあるが、
それでも子供の菓子に過ぎぬ飴は、
今のところは砂糖の甘さしかしない“べっ甲飴”しか、
あんまり広まってはないものだから。

 「凄げぇな、一足早い節句みてぇだ。」

たちまち満面の笑みを見せる小さな親分。
ご機嫌が嵩じたか、
つつつ…と坊様の堅い二の腕へ擦り寄って来て、
ふにふに やあらかい頬を擦り付けたのへは、

 “うあ〜〜〜。////////”

おおう、しまった計算外だと、
今度はこちらがこくりと息を飲んでしまった誰か様だったの。
頭上に浮かぶ真冬の三日月、
一番冷え込む明け方の夜気黎明、
すぐにも運んできますよ用意はよしかと。
くすすと微笑って見下ろしてござったそうでございますvv





   〜Fine〜  11.02.18.


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    ひゃっくり様 『ルフィ親分さんで、坊様に久々にお会いしたいvv』


  *早く春がくるといいですねvv
   でもその前に、
   寒いからこその“くっつき虫”を
   たっくさん堪能しておくといいです、はいvv

めるふぉvv 感想はこちらvv 

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